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授業レポート

授業風景

通訳者・翻訳者養成の伝統校として定評あるサイマル・アカデミー。翻訳者養成コース基礎科では英語力・日本語力の「土台づくり」に力を入れている。確かな基礎力が身につく育成メソッドとグループ力を生かしたキャリアサポートでこれまでに多数の優れた翻訳者を輩出している。

ジョイントレッスンで翻訳を体系的に学習

「産業翻訳・基礎科」は、翻訳のベースとなる英語力と日本語力を強化するクラス。日本人講師によるレッスン、英語ネイティブ講師によるレッスン、両講師によるジョイントレッスンを組み合わせることで、日本語と英語双方の「読む力/書く力」を段階的に底上げし、最終的には翻訳の初歩スキルの習得を目指すという。この日は、成瀬由紀雄先生とポール・ウォラム先生がチームティーチングを行うジョイントレッスンを見学した。

2時間のジョイントレッスンは「前半に講義、後半にエクササイズ」が基本スタイルで、今回のレッスンは日本語・英語の「文体」がテーマ。成瀬先生はまず、江戸期から現代に至るまでの日本語文体の変遷を実例を挙げながら「日本語は明治維新を経て、漢文体から現代の日本語スタイルに大きく変わった」と説明。一方、英語文体についてウォラム先生は「19世紀以降、日本語のような大きな変化はないものの、よりシンプルで読みやすいものに変化している」と解説した。

さらに、現代の英語における文体をいくつか挙げ、ビジネスや政治、行政、法律などジャンルによって用いられるセンテンスの構造や語彙が異なることを比較しながら、文体に対する理解を深めていく。最後に両講師が「ビジネス文書において、わかりやすく書くことの大切さ」を強調して、授業の前半を締めくくった。

日英双方の視点から翻訳課題を指導

この日の提出課題は、ある日系企業が公開している事業報告書の一部で『仕事と育児・介護の両立支援』に関する文書の英訳。添削して返却されたものについて、成瀬先生は「残念ながらほぼ全員できていなかった」とコメントし、実際に企業のホームページで公開されている英訳と比較した上で、同じ課題を使ってエクササイズを行うという。「どの部分がどの訳なのかがわかる日本語が透けて見える英訳は、よく訳された感じは伝わるかもしれない。しかし、決してわかりやすいものではない場合があることも事実。良い翻訳というのは文章が表す思考を理解して訳したものなのです。」

成瀬先生は課題の事業報告書の中から、受講生の多くが文章そのままを訳そうとして失敗した1文を取り上げた。ビジネス文書は推敲されて書かれているため「情報てんこ盛り」になっていることが多い。「いつも言っているように、一番大事なのは『〈認識・思考・心〉を訳す』こと。言葉を訳すのではありません。」まずは原文の日本語をS+Vのシンプルな構造に分解した上でパラフレーズし、それらをもとに2人1組になって英訳するよう指示する。受講生は活発な様子で英訳を再検討。できあがった英文を板書したところで、ウォラム先生にバトンタッチした。

ウォラム先生は「『育児』をtake care of...としたのがいい。実際の英語版のengaging in child careより英語として自然」「『従業員一人ひとり』はeachを使わずall employeesやemployeesで問題ない」など、表現面についてコメント。文法ミスを指摘したり、「二通りに解釈できるような曖昧さを残してはダメ」と修飾句の適切な挿入位置を説いたり、ネイティブの視点で丁寧に指導していく。

添削が終わると、成瀬先生は「こういう明快な英語を書いてほしかった。うれしいです」と受講生を賞賛。そして「こうした翻訳のアプローチは、sentence to sentenceの訳文を求める翻訳会社や企業のニーズと合わないかもしれない。でもそれは、上のクラスに進んでから考えるべきこと。このクラスでは、英語らしい英語を書くことに集中しましょう」とまとめた。

前半の講義、後半のエクササイズとも、ひとつのトピックに対して日本語・英語視点双方からのアプローチで翻訳への理解を深めていく、他校には見られないユニークなカリキュラムが特長の本講座。翻訳者養成コースへの進級後、日英・英日いずれのクラスに進むにしても、翻訳者に必要とされる土台を築くにふさわしい授業だった。

『通訳者・翻訳者になる本2018』(イカロス出版)より転載

成瀬 由紀雄

翻訳者養成コース講師

商社勤務、翻訳会社経営などを経てフリーランスの翻訳者に。言葉ではなく心をつなぐ翻訳の理論と手法を長年にわたり研究している。

ポール・ウォラム

翻訳者養成コース講師

英国生まれ。2009年より日本の翻訳会社に勤務し、現在はフリーランスの翻訳者。文芸書から児童書、実務翻訳まで、幅広く日英翻訳を手がける。