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授業レポート

授業風景

語学のプロ育成で長年の伝統を誇るサイマル・アカデミー。
同校の翻訳者養成コースでは、ビジネスで需要の高いドキュメントを教材に、実績豊富な現役翻訳者が現場のノウハウを丁寧に教授する。サイマル・グループの翻訳者として活躍できる道も用意されている。

英語らしい表現をネイティブ翻訳者に学ぶ

「産業翻訳日英プロ科(行政・経営)」では「行政」と「経営」の2種類の課題を用い、実践的な翻訳演習を行っている。指導にあたるのは、政府機関の日英翻訳を多数手がけるピーター・ダーフィー先生。日英クラスにふさわしく、授業は英語で進められる。

まずは前回提出した課題の講評から。内容は大手小売企業の事業報告書で、先生はチェックした原稿を受講生に返却し、注意点について解説していく。「customerは『商品を買った人』のことなので『入店客』はtrafficがベター」「外国人は食品フロアが地下にあることを知らないので、『(食品フロアと)上層階』はthe upper floorではなくthe other floorなどと工夫する」など。さらに「Yahoo!のように社名に感嘆符が付いている場合、通常は感嘆符を取って社名のみ表記する」とライティングのルールについても言及する。さまざまな観点から指導がされるあたり、さすがは上級クラスだ。

続いては、この日提出する課題についてのディスカッション。ある機関の計画書で、今期はこれを行政課題とし、その全訳に取り組んでいる。ある受講生が「『メッセージを継続的に発信する』はkeep on sending a messageでも構わないか」と問いかけると、先生は肯定した後、「deliver a consistent messageやstay on messageという言い方もできる」と返答。こうしたネイティブらしい表現を学ぼうと、ほかの受講生たちも次々に質問していく。

前半の最後は、宿題であるリーディング課題(英文記事を読み、英語の要約文を作成)についての討議。日本の石油元売り業界の再編をめぐる英文記事で、洗練された英語表現の意味を確認する質問が相次いだ。そうして1つでも多くの表現を「消化」することが、英訳力の肥やしになるのだろう。先生は「若者の『クルマ離れ』についても書かれているので、この書き方を覚えておけば『~離れ』の文章を訳すときに役立つはず」と説いた。

教室での演習はPowerPointの上書き翻訳

授業の後半には、その場で翻訳に取り組むインクラスワークが行われた。課題はPowerPointで作成されたプレゼン資料(業務マニュアル)。PC操作も行う演習だ。PCを用いた実践さながらの授業は学期中に数回あり、実務に直結するノウハウを指導する。プレゼン資料の英訳は同校の母体であるサイマル・インターナショナルでも多数受注しているそうで、「将来を見据えた演習」となっている。先生から「スペースに収まるように最も重要なメッセージだけを簡潔に訳すこと」と注意を与えられると、受講生たちは一斉にノートPCに向かって翻訳を始めた。

スライド1枚分を30分で訳し、即検討に入る「~しておくこと」「~することが重要」をmake sure to~やit is important to~と訳した受講生に対し、先生は「ダイレクトに『~せよ』と言い切って問題ない」とアドバイス。PowerPointでの上書き翻訳に欠かせない簡潔な英語表現のコツを次々に伝授していく。

「字数を減らして文字を大きくすれば、ひと目で要点がわかる。細かいことは話を聞けば済むことなので、枝葉を削ぎ落として訳すことが重要です」

プレゼン資料の翻訳は特殊であるため、通常の翻訳とは報酬体系も異なる場合もある。そんな裏話もはさみつつ、先生は全員の訳文をチェック。授業終了となった。

ダーフィー先生の指導はとても丁寧。受講生の英語を正す際は、必ず日本語の意味を明らかにし、考えられる英語訳をいくつか提示していた。1つ投げれば多くが返ってくるので、受講生たちも貪欲に質問するのだろう。ネイティブ講師に教わることを楽しんでいるようにも感じられた。

『通訳者・翻訳者になる本2017』(イカロス出版)より転載

Peter Durfee

翻訳者養成コース講師

高校時代を日本で過ごす。米カリフォルニア大学バークレー校卒業(日本語専攻)。その後再来日し、1996年に海外向け刊行物を扱う出版社に入社し、外交・政治・経済分野の英訳を手掛ける。