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授業レポート

授業風景

国際会議通訳の草分けとして50年の歴史を持つサイマル・インターナショナルの教育機関である、サイマル・アカデミー。目的別に「通訳コース」と「会議通訳コース」の2つを設置し、経験豊かな現役通訳者が実践に基づく指導をしている。

グループ会社と連携したサポート体制も確立されており、受講生や修了生のキャリアアップを強く後押ししている。

要約から通訳へ、1つの教材を学び尽くす

「通訳Ⅱ」は4段階にレベル分けされた「通訳コース」の中で、さまざまな基礎演習を通じて通訳スキルを着実に習得するクラス。産業界の最新トレンドやIRを含む幅広いテーマの教材に取り組みながら、通訳の基礎力を養成していく。この日は現役通訳者のザン・エリナ先生が担当する授業を見学した。 トレーニングは「要約」から始まる。メモを取らずに英語の音声を聞き、英語で話の要点を述べる演習だ。教材はアメリカ人から見た「日本の謝る文化」。2分半ほどの長さの音声を聞き終え、指名された受講生が次々と要約する中、先生は情報の取り違えや要点の欠落を指摘していく。このクラスの受講生たちは英語を苦もなく話せるレベルではあるものの、まとまった量の英語を聞き、記憶力だけを頼りに要約するのは簡単なことではないようだ。

自信がなさそうに発話する受講生に対し、先生は"Are you sure?"と英語で問いかける。受講生が「え?」と戸惑いを見せると、"I'm just challenging you."と先生。その意図について授業後に訊ねると、「自信なさそうに通訳していたら、聞いているほうが不安になる。堂々と発話する習慣をつけてほしいんです」。先生なりの「愛の鞭」というわけだ。

要約が終わると、今度は同じ音声を1パラグラフずつ流し、受講生を指名して日本語に通訳させる。その際、先生のフィードバックで目立ったのは「言葉どおりに訳そうとしない」というもの。"right moment"をうまく訳せなかった受講生には、話の流れから「『絶妙なタイミング』ではどう?」と提案し、「そのぐらい意訳して大丈夫。言葉を追うのではなく意味を訳しましょう」とアドバイスした。 仕上げに、全員で一斉に日本語でアウトプットし、そのパフォーマンスを録音。1つの教材を学び尽くす、そんな表現がぴったりの演習だった。

実践を想定した教材を使い、IRの逐次通訳に挑む

続いては「情報取り練習」。初見の英語を聞いて英語でリプロダクションを行う。素材内容は「取締役会での成長戦略報告」で、のちに取り組むIR通訳を意識したもの。受講生は資料として渡された業績推移グラフだけを頼りに音声を聞き、内容を理解し、英語でアウトプットしなければならない。

億単位の数字、事業に関わるさまざまな名詞、財務・経営用語などが混じり、要約教材とは一転、非常に専門的な内容になる。先生は受講生たちのアウトプットをチェックしつつ、「accelerateは『成長を加速させる』という意味でよく使われます」「新事業を一から立ち上げる手間と時間を省くために企業買収をするんです」など、重要語や背景について説明。最後にこうアドバイスした。

「一部上場企業のホームページでは、日英両方のIR資料を公開しています。IRは表現のパターンが類似しているので慣れが大事。製菓や化粧品など、まずはなじみのある企業を検索し、IR資料の予習をしておいてください」
授業の終盤には、逐次通訳演習も行われた。素材は「IR電話会議に向けた社内打ち合わせ」という実践的な内容で、日本人とシンガポール人、2人のIR担当者による日本語と英語でのやりとり。受講生たちは事前に配布された「表現リスト」をもとに準備し、授業に臨んでいる。「では1回目の録音をしましょう」という先生の言葉を合図に、全員がヘッドセットをつけ、ミーティングの冒頭部分を一斉に通訳していく。

このクラスでIR通訳に挑むのは今回が初めて。録音を一通り終えると、先生はIR活動の1つで、教材にも出てくる「海外ロードショー」について実例も交えながら目的や日程、訪問都市を説明し、「過密スケジュールなのできついと思うこともありますが、すごくおもしろいですよ」と伝えた。こうした仕事に関わる情報や経験談にふれられる点も、現役通訳者に学ぶメリットといえそうだ。

「要約」「情報取り練習」「逐次通訳」という3つの演習に取り組み、全神経を集中して聞き、記憶し、日英両言語で発話した2時間。この「濃密な学び」を繰り返しながら、受講生たちは一歩一歩着実に、通訳スキルを習得していくに違いない。

『通訳者・翻訳者になる本2018』(イカロス出版)より転載

ザン・エリナ

通訳者養成コース講師

聖心インターナショナルスクールを経て、米サンフランシスコ大学に入学。卒業後に帰国し、外資系企業の社内通訳を経て。現在はフリーランスの通訳者として活躍中。