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授業レポート

オンライン授業

記者会見のQ&Aを初見で日英同時通訳

「会議通訳Ⅱ」は、サイマル・アカデミー通訳者養成コースの最上級クラス。同時通訳の基本を備えている人たちを対象に、スピーカーの発言を瞬時に分析・推論・統合し、それを自己表現できる能力を養成することを目標としている。以下、サイマル・インターナショナルの専属通訳者として第一線で活躍する蜂屋美季子先生の授業をレポートしよう。

2020年秋コースはすべてウェブ会議システムを使用したオンライン授業となっており、受講生は自宅などからライブで参加。授業開始早々、初見教材の同時通訳訓練が始まる。20分弱の長さの音声教材は、日本人ノーベル化学賞受賞者の記者会見から採られたもので、記者と受賞者とのQ&Aを日英で同時通訳するという訓練内容だ。受講生は、事前に渡された単語リストと自身で行ったリサーチ結果を頼りに、記者と受賞者のやり取りを日英同時通訳していく。その間、蜂屋先生は各受講生のパフォーマンスをモニターしていた。

各自で初めから終わりまでひととおり同時通訳を終えると、次はクラス全体で逐次通訳訓練を行うことになった。同時通訳と同じ音声教材を50秒程度の長さに区切って流し、指名された人が日英逐次通訳を披露するという形式だ。聴いてから訳出するまでに時間的な余裕がある逐次通訳は、同時通訳よりも易しいと捉えられがちだが、時間に余裕があるぶんだけ、訳の精度もデリバリーの完成度も上げなければならないという難しさもある。蜂屋先生の「では、メモ帳を用意してください」の声を合図に、逐次通訳訓練が始まった。

笑いの通訳は抑揚をつけることも一つの方法

受講生のパフォーマンスが終わると、訳語の選択の仕方、場にふさわしい表現の仕方、事前準備の方法、背景知識の備え方などについて、蜂屋先生から丁寧なアドバイスがある。「この教材をきっかけとして、より普遍的に使える知恵のようなもの、tricks of the trade を学んでください」という言葉が示すように、蜂屋先生の指導には、示唆に富んだ話がたくさん盛り込まれている。

例えば、事前準備については、参加者リストに話が及ぶ。記者会見の場に限らず、学会や講演会、パーティーなどでも、スピーカーの所属先や肩書、氏名が聴き取れないことはよくある。そのような時でも、事前に参加者リストが入手できていれば、リストの中から該当者を探すことができる。蜂屋先生は、「個人情報保護の観点から、参加者リストの入手が難しいこともありますが、返却することを条件に提供してもらえることもあります」と自身の体験を伝え、できるかぎり準備することの大切さを説いた。

「しょっぴかれてしまう」というかなり口語的な言葉をYou may be arrestedと訳出した受講生に対しては、「They may be taken away という訳も考えられますが、この文脈ではその訳で問題ありません。ただし、人が逮捕される、拘留されるというような状況は、文脈によってはより正確な訳が求められますので、十分注意してください。逮捕arrestと拘留detentionの違いをしっかり押さえておきましょう」との助言がある。国によって法制度が異なるため、法律用語を扱う時は特に慎重を期す必要があるということだ。

この日の教材で最も訳出が難しかったのは、スピーカーが「日本流のお返事で申し訳ありませんが、検討のうえご返答します」とユーモアたっぷりに返した場面だっただろう。異なる2つの言語の間でジョークをどう変換し伝えるかは、通訳者がいつも頭を悩ませるところ。この難しいパートを任された受講生には、「普通にI would like to respond after due consideration.と言うのではなく、例えばdue considerationに抑揚をつけて訳すと、意味深な表現だということが伝わって聴衆はクスッと笑ってくれます。逐次でジョークを訳す時に大切なのは、決して聴衆より先に笑わないこと。状況にもよりますが、みんながワッと受けた後に、軽くほほえむぐらいにしておくといいですね」と、実演を交えた指導があった。

逐次通訳訓練の後、一斉に仕上げの同時通訳をしてこの日の授業は終了した。時に日本語で、時に英語で指導する蜂屋先生の授業は、最上級クラスにふさわしいアカデミックで実践的なもの。プロデビューを控えた受講生にとって、「現場」の感覚を知るまたとない機会になっているようだ。

イカロス出版発行「通訳者・翻訳者になる本2022(2021年1月29日発売)掲載記事より転載。文=岡崎 智子

蜂屋美季子

通訳者養成コース講師

上智大学外国語学部在学中にサイマル通訳教室(現サイマル・アカデミー)に通い始め、卒業と同時にサイマル・インターナショナルの通訳研修生に。1年後、専属通訳者としての活動を始める。育児期間やドイツ駐在期間を除き、現在に至るまで30年近く会議通訳の第一線で活躍している。