授業レポート
翻訳者養成コース(産業翻訳 日英プロ科)
講師:ショウジ・マロイ
ネイティブ講師の解説でニュアンスの違いを知る
「産業翻訳日英プロ科(金融・経済・経営)」は、プロ育成を主眼とした最上級クラス。英語ネイティブ講師のもと、授業は英語で進行。従来は通学講座だが、新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、2020年度はオンラインでの実施となった(ウェブ会議ツール「Zoom」を使用)。
授業は、前回提出した翻訳課題の講評から始まる。課題はピークオイル説を論じた新聞記事。ショウジ・マロイ先生は「『人やモノの移動』の『モノ』はthingsではなくgoods」「『化石燃料』は、石油、石炭、天然ガスなどあるのでfossil fuelsと複数形に」など、注意点を指摘する。ポイント解説が終わると、すかさず受講生から質問が飛ぶ。そのやり取りは、対面の授業と何ら変わらない。
続いては、この日提出する翻訳課題についての討議。課題はエネルギー企業の株主通信で、ある受講生がこんな問いかけで口火を切った。企業のホームページを調べ、「(製造所の)事業所」をa terminal(物流拠点)としたが、ほかにどんな訳が考えられるか?
「皆さん、どうですか?」。マロイ先生の声がけに対し、4~5人が自分の訳を発表する。先生は、その一つひとつをZoomの画面に大きく映し出されたワードファイルに入力、比較しやすくした上で、それぞれを吟味していく。
「◯◯さんが調べてくれたように、実際にはterminalでしょう。それはそれとして、business office/establishmentはデスクワークのニュアンス。business siteは意味の幅が広いので、この文脈でも問題ありません。詳細がわからないときは、できるだけ意味に幅のある言葉を選ぶのが賢明です」
ほかにも、「(在庫影響を除いた)実質営業利益」の「実質」は訳す必要があるか、動詞的な表現が並ぶ「協業継続の検討を進める」はどう訳せば簡潔になるかなど、さまざまな質問が出た。そのたびにネイティブならではの判断や考え方が示され、中身の濃い時間が過ぎていく。
本講座では、英文記事を読んでサマリーにまとめるリーディング課題も課される。その狙いは「要点を理解する力」の鍛錬。授業では、意味のわからなかった表現や気になった言い回しについて、マロイ先生が語意や用例を解説する。
たとえば、この日の課題(日本の莫大な家計金融資産をめぐる論説)で使われていたGoldfish stuck in jellyという比喩。これについて、先生は“Putting it into a business expression, it means dead asset. It's like if you own 10 apartments, and you don't rent out at all for some reason, the asset is dead, right?”と説明した。英英辞典には期待できないわかりやすさだ。
受講生の発言で指導と学びの質が深化
休憩を挟んでの後半は、インクラスワークが行われた。1~2文ずつ順に英訳していく演習で、1人が訳し終えるたび、訳文をチェックする。原文は、企業向けのVR(仮想現実)サービスに関する経済紙の記事で、この日、3度目のテーマチェンジとなる。
担当者のparticipants carrying virtual terminals(VR端末を身につけた参加者)という訳に、ほかの受講生から「VR端末はゴーグルに似ているのでwearing VR devicesでは?」との提案がなされる。マロイ先生は「それでもOK」とし、wearingという単語から派生するかたちで「名詞のwearableを使い、participant with VR wearableとも訳せます」とアドバイス。こうしたやり取りが、訳文ごとに展開されていく。
強く印象に残ったのは、hold meetings and business conference(会議や商談会を開く)という受講生訳に対する、マロイ先生のコメントだ。「捉え方にもよるが、こうも訳せます」と前置きし、hold business meetings and negotiations という代案を示した。この日、マロイ先生は何度か「言葉ではなく、意味を訳すことが大事」と強調していたが、この訳例には「なるほど」と思わずにはいられなかった。
自分の英訳が適切か否か。ほかにどんな表現のバリエーションがあるか。そして、ネイティブならどう訳すか。こうした「最も知りたいこと」を吸収できるところに、ネイティブに学ぶ最大の価値がある。今期の受講生12名のうち、大半がリピーターというのも納得の2時間だった。
イカロス出版発行「通訳者・翻訳者になる本2022(2021年1月29日発売)掲載記事より転載。文=金田 修宏
ショウジ・マロイ
翻訳者養成コース講師
イギリス出身。ロンドン大学卒、ダラム大学経営大学院修士課程修了。英国と日本の銀行・証券会社に20年以上勤務し、日英翻訳やIR業務を担当。2004年に独立し、政府機関や大手金融機関、メディアを主な顧客に、日英翻訳や英文編集・作成・校閲などを受託している。