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第2回 すり合わせる

先回の「大筋合意」にはいくつかのコメントをいただき有難うございました。
「そもそも日米間には大筋合意はなかったのでは」というご意見もありました。おそらくその通りだと思います。だから「大筋合意」という表現になるのでしょうね。英語訳としては、"a partial agreement" というのもいただきました。"partial" は少し「部分的な」という意味が強すぎるように思います。"substantial" は「内容のある」、「重要な」という意味でこれも不適切です。やはり "(a) broad agreement" (冠詞の a は必ずしも必要ありません)が一番適切でしょう。これ以外はちょっと思いつきません。

さて今回もTPPがらみです。東京での日米会談に引き続き5月19、20日とシンガポールで関係国の閣僚会議が開かれましたが、ここでも目立った具体的な進展はなかったようです。新聞報道でも「交渉妥結に何が必要か共通の見解を確立した」という東京会談後の共同声明にある "identified a path forward" に近い文言とともに「TPP,大筋合意見送り」という見出しが目立ちました。

すり合わせる

シンガポールでの会合についての記事の中で、興味を引いたのは「すり合わせる」という動詞です。「甘利氏とフロマン氏 すり合わせ1時間」という見出しに続いて「(両代表は)1時間にわたって会談し、会合の進め方を綿密にすり合わせた」(読売新聞5月21日)とありました。「すり合わせた」という表現は意味はなんとなく分かりますが具体的に何をしたのでしょう。

「すり合わせる」の「する」は漢字では「摺る」と書き、「表面を固いもので削る」ことです。英語では "grind" に当たります。「摺る」ことによって違っているものを合わせる、ということでしょう。
アメリカのフロマン代表はシンガポールでの会合後の記者会見で「交渉はいつ妥結するのか」という質問に対して、"an ambitious, comprehensive and high-standard agreement" が得られたとき、と答えています。そして "ambitious" は "the elimination of tariffs and non-tariff barriers on trade in goods and services and investment no later than 2020" と定義されています。日米間にはまだかなり大きな溝があるようです。

さて今回の「すり合わせる」、あなたならどう訳しますか?

※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。