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第12回 粛々と

「工事は粛々と続行する」、「ボーリング調査は本日も粛々と進める」― 翁長沖縄県知事が辺野古沿岸部での調査作業の停止を指示したのに対する菅官房長官の記者会見での発言です(読売新聞、3月25日)。

「粛々と」は反対や抵抗にあったときや思わぬ障害に面したときに政治家が好んで使う言葉で、一種の “cliché” (決まり文句、常套句)です。

ところがこの「粛々と」という表現に対し、翁長知事が4月5日の官房長官との会見後の記者会見で「上から目線の『粛粛』という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れ、・・」と反発しました。安倍首相もまた8日の参院予算委員会でこの言葉を使ってしまい、翌日「この表現は使わない」と弁明せざるをえませんでした。長官や首相にその気はなかったのでしょうが、不用意に口をついて出た「粛々と」が政治問題にまで発展したのです。

第12回 粛々と

漢和辞典によると「粛々と」はもともとは擬音語だそうです。「鳥の羽の音」とあります。

広辞苑で意味を見てみますと ①つつしむさま、②静かにひっそりしたさま、③引き締まったさま、④おごそかなさま、の4つが出ています。

 

官房長官発言の中の「粛々と」はこの4つの意味のうちのどれでしょうか。②の「静かにひっそりと」ならば quietly, silently, calmly, secretly などが考えられます。どれがこの場合に使えるでしょう。④の「おごそかに」であれば gravely, solemnly, somberly, with dignity などがあります。いずれにも「上から ~」というニュアンスはありません。

この「上から目線」というのも最近よく耳にします。英語ではなんといったらいいのでしょう。形容詞では bossy, overbearing, domineering, arrogant などが当てはまります。

”「粛粛」sounds arrogant” 、あるいは “it sounds like speaking from on high” はいかがでしょう。 ”from on high” は “from someone in a position of authority” という意味で、「上から目線」にはぴったりです。  

 

今回の課題は、冒頭の菅官房長官の発言「工事を行っていることは全く問題はなく、粛々と工事を進めていくことに変わりはない」の「粛々と工事を進める」にしましょう。

 

さあ、あなたならどう訳しますか?

 

第11回「現場」の訳例

CBSの人気TVシリーズに CSI というのがあります。CSI New York と CSI Miami の二種類があって、日本ではAXN海外ドラマ・チャンネルで放映されています。

CSI は Crime Scene Investigation の略で、ミステリーを読んでいると頻繁に出てくる表現です。これは犯行現場という「現場」です。

 

このように「現場」にはいろいろなタイプがあります。先回、用例としてあげた岸田外務大臣の発言からの引用では「外交の現場」でした。 最も典型的なのは先回も上げた「ものづくりの現場」the factory floor ですが、「工事現場」は a construction site と floor が site となります。「医療現場」は at medical front という言い方がありますが、on a hospital floor もあると思います。テレビなどの「現場中継」は live broadcast from the scene と scene が使われるようです。

「その場で」という意味の場合は on the spot、その他に in the field, on the ground なども「現場」に対応する表現です。on-the-job training の on the job も「現場」でしょう。

 

このように「現場」の「場」は floor, scene, site, front, spot, field, ground, job といろいろあって面倒ですね。こうして見ると岸田外相の記者会見の現場でのSさんの名訳 “hands-on approach”、あるいは TIME誌からの引用 “He’s a hands-on guy.” の hands-on はこのうちの多くの場合に適用できる便利な表現ですね。

 

さて前回の課題「学んだことを現場で生かす」は日本航空という航空産業の現場ですが、なんと訳しましょうか。エアラインの現場は飛行場や機内でのサービスあり、機体の整備ありで一般化は難しいですね。

 ”to apply what you have learned in your day-to-day work”

はいかがでしょうか。apply は practice でもいいと思います。あるいはもう少し直訳的にして

“to apply what you have learned on the actual site of your business”

どちらでも文章としては正しいと思いますが、後者はやや “wordy” ですね。

 

 

※本記事は、2014年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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