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第3回「メドが立つ(つく)」

今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「メドが立つ(つく)」です。

微妙なニュアンスを含んだこの日本語、あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) いまだこの巨大な貿易黒字の問題を解決するメドがついておりません。

(2) それからもうひとつは金融問題です。現時点で少なくとも金融問題の解決のメドが立ったとはとてもいえません。

(3) 日中友好関係の基盤は弱く、首脳会談のメドは立たない。

(4) まだ道路復旧のメドは立っていません。

(5) 月が変われば、法案成立にメドがつく見通しだ。

(6) 三越と伊勢丹は、来年4月の持ち株会社方式による統合をメドに具体的な協議に入った。

訳例

(1) We do not yet have any clear idea when we can solve this problem of a huge trade surplus.

(2) Another problem is financial.  At this point,at least, we cannot say that it will be solved anytime soon.

(3) The basis of friendship between Japan and China is fragile, and the prospects of holding a summit meeting are slim.

(4) We cannot say for certain when the expressway will be rebuilt.

(5) Next month, w e may have a better outlook for the passing of the bill.

(6) Mitsukoshi and Isetan have entered into concrete negotiations with the aim of a merger through holding company formula in April next year.


メドは「目処」あるいは「目途」と書かれて、「目」を使った比喩表現のように思われることが多いが、ある語源辞典によると本来は植物の「蕃萩(めどはぎ)」で、その茎を占いに使ったことから「メドが立つ」という表現が生まれたという。しかし意味としては「目」という字が入っていた方が自然な気がする。「メド」という名詞形をとれば、その意味するところは、目指すところ、目当て、見通しであって、いずれも「目」や「見る」と関連している。メドという名詞に対応する英語表現としては、prospects (複数形が普通)、outlook、possibilities、あるいは aim、view、sight などがそれにあたる。いくつかの可能性があることから見ても、この表現の意味にはかなりの幅があることが分かる。

実際に使われるのは、用例 (6) のような例を除いてほとんど「メドが立つ(つく)」という形で、しかも用例 (1) ~ (4) のように否定形が多い。用例 (1) は、日本の貿易黒字が日米間の大問題だった1980年代後半の会議でのある財界人の発言で、否定用例の典型だろう。ここでは、prospects や outlook を使わず、“not have any clear idea” という平明な言い方を使った。このように、あまり形にとらわれずに前後関係によって自由に表現することを試みるとよい結果が得られることが多い。用例 (2)、(4) の “we cannot say (for certain) ” も同じだ。こういう言い方のほうが英語としては自然で、わかりやすいと思う。

用例 (3) は読売新聞の記事からとったものだが、ここでは prospects を主語として使った。用例 (5) のように “have an outlook for a summit meeting” として使うこともできる。また「首脳会談」を主語にして、“and a summit meeting between the two countries is not yet in sight.” のように、“not in sight”(見えない、視界に入らない)を使っても面白い。

このように「メドが立つ(つく)」 を英訳する際に気を付けるべきことは、その部分だけを英語にしようとするのではなく、主語を何にするのかから柔軟に考えて、「主語+動詞」という文章構造からアプローチすることだと思う。用例 (3)、(4) を見ていただければ、そのことがよくおわかりいただけると思う。日本語の主語にこだわると英語にするのがより難しくなるので要注意。

用例 (6) はメドが名詞形として使われているめずらしい例だ。こういった場合は「~をメドに、 ~ する」という形が多く、その場合は “do ~ by ~ “ という簡単な形を使うこともできる。

「メドが立つ(つく)」表現色々

“can say/tell”

“to aim at”

“to have a clear idea about”

“to have/see an outlook”

“to have/see prospects”

“with the aim of / aiming at”

 

次回の表現

次回の訳せそうで訳せない日本語は、「風通しのいい」です。

よく求人広告などで『ウチの会社は風通しのいい職場です!』などという文言をよくみかけますが、さてこの言葉。あなたならどう訳しますか? 次回、お楽しみに!

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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