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第10回「うらむ」


今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「うらむ」です。

強い怨念を感じさせることもあるこの微妙な日本語、あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) 散る花をなにかうらみむ世の中に。

(2) 過去の人生をうらんでばかりいてもむだだ。

(3) 彼は私の批判を長いことうらんでいた。

(4) われわれ韓国人が日本をうらんでいるということではない。

(5) 日本の政治には怨念というものがある。

訳例

(1) Why do we have to feel sorry for the dying flowers?

(2) It is no use blaming your own past.

(3) He resented my criticism for a long time.

(4) It is not that we Koreans hold a grudge against Japan.

(5) There is such a thing as personal animosity in Japanese politics.

 

「うらむ」は漢字では、恨む、怨む、憾む、の3種類があって、少しづつニュアンスというか心の思いの強さが違う。「恨む」が最も強く、「(仇として)憎む」という意味が強い。これに対して「怨む」は自分の心の中の動きを示す言葉で、「残念に思う」というニュアンスだ。「憾む」は「怨む」に近いが、今日では「遺憾に思う」のような用例以外にはあまり使われない。ところが現代の日本語では、仮名で「うらむ」と書いてこの3つを区別しない。そして漢字を使う場合はほとんど「恨む」が使われる。

ところが仮名で書いても、3種類の漢字が示す微妙な意味の違いがそれぞれに表れるようだ。もっとも古い使用例の一つである用例 (1) は、古今集にある和歌「散る花を何かうらみむ世の中に わが身も共にあらむものかわ」(詠み人知らず)の上の句をとったものだ。これは「散る花をうらんで何になろう、自分自身だっていつまでも生きられるものではないのだから」の意味で、この場合の「うらむ」は「遺憾に思う」、「残念に思う」というあまり強くない意味だ。英語でも feel sorry for という比較的軽い意味の表現にした。用例 (2) の「過去の人生をうらむ」も自分のことだから「憎む」というような強い否定的意味はない。英語では blame を使ったが、blame (非難する、責める)も “I don’t blame you” (あなたのせいじゃない)などのようにあまり強い意味を持った語ではない。

用例 (3) の「うらむ」になるとかなり強い心の動きを表している。漢字で書けば「恨む」にあたるのではないだろうか。人からいわれたことをいわば「根に持っている」わけで、そこには比較的強い否定的な感情がみられる。訳例では resent を使っている。Resent は英英辞典を引くと to feel or show indignation とあり、かなり強い憤りの表現だ。

用例 (4) は、TlME誌に載った韓国の金大中元大統領とのインタビューからとったもので、英語での発言に日本語訳をつけたものである。これは強い「うらむ」の典型的な例であろう。Hold a grudge against は「うらみを抱く」にぴったりの表現で、英語の grudge もかなり強い言葉である。Grudge を動詞形にすると begrudge になる。

用例 (5) は羽田孜元首相が、アメリカからの訪問者に日本の政治について話されたスピーチの一節である。「怨念」は「うらむ」の名詞形「うらみ」と同義なので、ここで取り上げた。訳例にある personal animosity は、そのとき同時通訳をしていた私が使った表現そのものをとった。羽田元首相がどういう意味で「怨念」という言葉を使われたのかはわからないが、なにか個人的なもののように感じられたので personal という形容詞を付けたのだと思う。あまり適切ではなかったかもしれない。しかしどう訳しても、アメリカからの訪問者には理解しにくいことだったのではないだろうか。

以上用例 (1) から (5) が示すように、「うらむ」にはいろいろなニュアンスと意味の強弱があるが、いずれにしてもなにかウェットで情緒的な感じのする言葉である。日本人的といえなくもない。それに対して英語で blame あるいは resent と言うと、からっとしていて、意味もよりはっきりする。「うらむわよ」などというのも、“I hate you” くらいが当たっている。ドライで合理的な英米人はhate はしても、「うらむ」ことはあまりないのかもしれない。

「うらむ」表現色々

“to begrudge”

“to blame”

“to condemn”

“to hate”

“to reproach”

“to resent”

“vengeful”

“to bear/hold a grudge against”

“to have ill/hard feelings against”

 

次回の表現

次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「~を中心に」です。

これまた会議などではしばしば使われる言葉です。いつも同じ英訳を使うことは避けたいものです。さてこの言葉。あなたなら、どう訳しますか?

次回、お楽しみに!

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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