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第17回「素直な(に)」

今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「素直な(に)」です。

シンプルな言葉ですが、耳にすることが多い「素直な(に)」、あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) 彼は素直な子だ。

(2) 許されるものではなかったと素直に反省しなければならない。

(3) 彼は素直に人の忠告を聞く。

(4) ロシアという国はこちらが強い姿勢をとると、案外素直に交渉に応じる。

(5) 彼はいつも素直な文章を書く。

訳例

(1) -a. He is an honest child.
     -b. He is an honest and receptive child.

(2) We should candidly admit to ourselves that it would not have been readily forgiven.

(3) -a. He is always willing to listen to other people's advice.
     -b. He is always receptive to other people’s advice.

(4)-a. The Russians are more willing to negotiate when we play tough.
     -b.The Russians agree to negotiate without objections when we play tough.

(5) He always writes in a style which is natural and straightforward.

 

こういう単純な表現が意外に難しい。例えば用例 (1) だが、ある和英辞典を引くと “He is a meek child. ” とあった。meek というと、聖書の有名な「山上の垂訓」の中の、“Blessed are the meek; for they shall inherit the earth.” (柔和な人は幸いである。その人は地を受け継ぐだろう)を思い出すが、これは meek の古い用法で、現代では meek は overly submissive (過度に従順な、なんでも人の言うことを聞く)というネガテイブなニュアンスを持つのが普通である。ところが日本語の「素直な」は非常にポジテイプな言葉なので必ずしも適切ではないと思う。他に、frank, straightforward, open などの同義語が考えられるが、どれもぴんとはこない。一番無難だと思われる訳文が訳例 (1)-a である。しかし、honest は「嘘をつかない」(not cheating or stealing) というのが第一義で、「素直な」の持つ意味の幅 (semantic range) の一部しかカバーしていない。

そこで (1)-b のように receptive を加えて二つの形容詞を使ってみると、このほうがしっくりくるのではないだろうか。「人の言うことをよく聞く」という感じが出る。このように、日本語では一語でも英語では二つの単語を重ねて使った方がその言葉の持つニュアンスがよりよく伝わるケースが多い。Receptive は、open, willing とも同義語で、用例 (3) でも (3)-b のように使うことができる。

用例 (2) は、故 橋本龍太郎元首相の発言で、第二次世界大戦中の中国に対する日本の行為について述べたものである。candidly としてみたが、むしろ英語としては、副詞なしで should admit … だけのほうが自然かもしれない。用例 (4) についても訳例 (4)-a, b と2種類の表現を示した。(3)-a のように willing を使ったものと b では without objections としてみた。日本語辞書の定義では「物事がすんなりゆくこと」にあたる。用例 (4) はロシアを担当したある外交官の発言である。外交にはこのような「パワー」の要素があることは確かだろうが、日本はどのようなパワーを使ったらいいのだろうか。用例 (2) が関連する中国との関係も含めて、私たちはなかなか難しい状況にあるようだ。

「素直な」のもう一つの用例が (5) である。これは字や技芸などで「癖がなくすっきりしている」という意味で、英語では natural でいいと思うが、何かもの足りないような気がするので訳例 (1)-b のようにもう一つ形容詞をつけて natural and straightforward とした。Straightforward には uncomplicated という意味があり、「癖がない」というニュアンスをよく表わしていると思う。

「素直な」表現色々

"candid"

"frank"

"honest"

"just"

"meek"

"obedient"

"open"

"receptive"

"straightforward"

"uncomplicated"

"willing"

"without objections"

 

 

次回の表現

次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「厳しい」です。

今年の冬はなかなか「厳しい」ようですが、これまたいろんなニュアンスのある言葉、あなたならどう訳しますか?

次回、お楽しみに!

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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