今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「けしからん」です。
普段私たちが何の疑問もなく使っているこの日本語、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
- そんなことを言うとはあの男はけしからん。
- 30分も遅れてくるなんてけしからん。
- よく発展途上国の皆さんから、日本はけしからん、日本のメーカーは新しい技術を積極的に譲ってくれない、という話をいただきます。
- それから企業はけしからんというムードが広がっていった。
- とにかく官僚がけしからんということが言われています。
訳例
- It’s rude of him to say such a thing.
- You have no excuse for being 30 minutes late.
- We are often told by people in developing countries that Japan is to blame because its manufacturers are not willing to transfer new technologies.
- Since then the feeling that companies are the villains has spread.
- It is often said that bureaucrats are the problem.
解説
「けしからん」の由来は広辞苑によると、「異様である」を意味する「怪し」(あるいは「異し」)の否定形「けしからず」が、否定というより強調の意に使われるようになったと思われるということで、平安時代の落窪物語などの作品にも頻繁に使われているそうだ。意味としては、「あやしい」、「不都合である」、「非難すべきさまである」、「いけない」などだから、われわれが使う「けしからん」と基本的に変わらない。しかし現代の「けしからん」の用法はかなり口語的で、相手を非難してはいてもそれほど強いニュアンスはないようだ。
用例 (1)、(2) は人を主語とした日常的な使い方で、訳例 (1) のように rude, impolite, bad-mannered あるいは少し強くすると unpardonable, inexcusable, outrageous などが使えるだろう。outrageous はかなり強い言葉のようだが軽いニュアンスで使われることが多い。用例 (2) では、have no excuse(あるいは there’s no excuse )という人を責める場合によく使われる英語の表現を使ってみた。
このような口語的な表現が国際会議で使われることは珍しいが、用例 (3) は、経済協力に関する国際シンポジウムでの日本の電気メーカー社長の発言の一部だ。公的な場での発言だけに、あまり感情的でない be to blame を選んだ。at fault, in the wrong も同じように感情的な響きのない表現だ。
用例 (4) は、時代によってある組織や団体が「悪役」とみなされる風潮を表わすものだろう。いわゆる bashing(~ 叩き)だ。対象はあるときには企業であり、また官僚であるわけだ。そこで訳例 (4) では、「けしからん」という形容詞の代わりに villains (悪者)という名詞を使ってみた。訳例 (5) の the problem も同じような発想だ。「けしからん」のような意味の幅の広い日本語表現を訳すときには、このように原文の表現にこだわらない柔軟で自由なアプローチをとることが望ましい。
「けしからん」表現いろいろ
“rude”
“impolite”
“bad-mannerd”
“unpardonable”
“inexcusable”
“outrageous”
“disgraceful”
“impertinent”
“be to blame”
“at fault”
“in the wrong”
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「苦労する」です。
「若いうちの苦労は、買ってでもしろ」などという言葉は、皆さんもよく耳にされるかと思います。さてこの表現、あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。
