今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「思い切った(思い切り)」です。
選挙が近づいてくると、急に言うことが「思い切り」良くなったりする政治家の方が多くなる気がする昨今ですが、さてこの日本語、あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
- 思い切って会社を辞めることにした。
- 休暇にはハワイへ行って思い切りゴルフがしたい。
- 私は思い切って彼女に愛を打ち明けた。
- 日本市場開放ということを思い切ってやる。
- 懸案を思い切って解決する。
- かなり思い切った案を作ったつもりです。
- 日銀は市場に対して思い切った資金供給を行なってきました。
- アメリカなどは、かなり思い切った経済構造の改革を実行している。
- 政府はインフレを抑えるために、公共料金の思い切った削減を実行した。
- デフレ脱却には従来の金融・財政政策の発想を超える思い切った政策が求められる。
訳例
- I made up my mind and quit the company.
- For vacation, I want to go to Hawaii and play golf to my heart’s content.
- I finally plucked up enough courage to confess my love to her.
- We are determined to open up the Japanese market.
- We should seek decisively to resolve pending problems
- We have drawn up a daring plan in my opinion.
- The Bank of Japan has provided a sizable amount of funds to the market.
- The U.S. has led other countries in achieving far-reaching reform of its economic structure.
- The government implemented sharp cuts in the utility rates to contain inflation.
- To overcome deflation, we need bold measures which go beyond traditional thinking about fiscal and monetary policies.
解説
「思い切った」や「思い切り」の基本形である動詞の「思い切る」はおそらく「あきらめる」、「断念する」という「あきらめ」の念からきたものだと思う。辞書を見ても第1義はこれである。それが「思い切って ~ する」という形で一般的に使われるようになったようだ。従って動詞形では訳例 (1) のように to make up one’s mind, to decide が使える。訳例 (2) の to one’s heart’s content(心が満足するまで)はまさに「思いっ切り」にぴったりだ。覚えておくと便利だ。「思い切って」には勇気も含まれる。訳例 (3) がその例だ。「勇気を持って ~ する」は have the courage to ~ だが、用例 (3) のような場合の動詞は、上記以外にはgather, muster か summon が普通だ。この辺りの動詞の選び方(collocation)は英語の難しいところだ。
用例 (4)、(5) は一転して政治や経済といったマクロの分野での用例である。ここでは「不安や抵抗を抑えて大胆にやる」というニュアンスだ。まさに be determined to ~ であり、副詞を使えば decisively である。用例 (4) は少し古いが1980年代中ごろの中曽根元首相の発言だ。中曽根さんは小泉さんとともに「思い切って」政策を実行したリーダーの例だろう。最近の政治では、このような思い切った行動が見られないのがさびしい。
用例の後半部分は、「思い切った」という形容詞形として使われている例である。これにもふた通りあって原意である「大胆な」という意味を保っている場合(用例 6, 10)、この場合はbold や daring などが合う。もう一つはただ単に規模や範囲の大きさを表わす場合だ(用例 7, 8, 9 )。この場合は後にくる名詞によって金額などでは sizable, abundant, ample, lavish あるいは sharp (cut), 範囲の広さを示すときは far-reaching (reform) などが対応する。用例 (10) は「思い切った」政策を求める2012年11月22日の読売新聞社説からの引用である。
「思い切った(思い切り)」表現色々
"abundant"
"bold"
"daring"
"decide to"
"decisive"
"determined to"
"far-reaching"
"lavish"
"liberal"
"to make up one’s mind to"
"to pluck up courage to"
"radical"
"resolute"
"sizable"
"to one’s heart’s content"
次回の表現
次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「素直な(に)」です。
よく恋愛ドラマのタイトルや、ポップソングの歌詞等で、「素直に」なれなかったり、「素直な」ままでいたかったり、といった内容でも見かけることの多い気がするこの言葉。あなたならどう訳しますか?
次回、お楽しみに!
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。
