今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「おかしい、おかしな」です。
あなたなら英語でどのように表現しますか?
日本語での使用例
-
何がそんなにおかしいの?
-
その帽子をかぶると、おかしな顔だ。
-
彼の行動はこのごろ少しおかしい。
-
駅前でおかしな男を見かけた。
-
JAL 再生の仕組みはやはりおかしかった。
-
日本の株式市場にはおかしな点がいっぱいある。
-
日本で35年間に航空会社がひとつもできていないというのは、何かおかしいと考えた。
-
エリートの中にもおかしな人が多かった。
-
どうも領土問題がおかしくなってきている。
訳例
-
What's so funny?
-
You look ridiculous with that hat on.
-
His behavior is a bit strange these days.
-
I saw a strange man in front of the station.
-
There was something questionable in the process of JAL’s reconstruction.
-
There are many things that are not sound in the Japanese stock market.
-
I thought something was wrong when I found out that not a single airline company had been formed in 35 years.
-
There were many untrustworthy people among the elite.
-
The territorial issues are becoming difficult to handle.
「おかしい」は、古語では「月いとおかしかりけり」のように、「美しい」「魅力的」「立派だ」という、美しく優れたさまを素直に評価する表現だったことは、高校時代の国語で学んだ記憶がある。これがおそらく「おかしい」の原意だろう。
しかし、現代日本語では、「おかしい」がこの意味で使われた例に会ったことがない。現在の用法は用例 (1) ~ (4) で見られるような ① 「笑いを誘う」、「滑稽な」の意味か、②「変だ」、「怪しい」のどちらかだろう。① は訳例 (1) にあるように funny が一番一般的な英訳だろう。同義語としては comical, humorous, amusing などがあり、いずれもポジティブな意味合いだ。訳例 (2) の ridiculous もかなり強い形容詞だが悪意は感じられない。
後者の ② では訳例 (3), (4) の strange が典型的な英語表現だ。(3) では同義語は unusual, peculiar などだが、(4) は少し違って unfamiliar, foreign などだ。”a stranger” と変化するとこのニュアンスがよく分かると思う。
ところが新聞などの記事やあるいは通訳をしていて出会うのは、これらとはまた微妙に違う頭を悩ませる使い方が多い。用例 (5) から (9) に示したのがそれである。普通に聞けばとくにおかしなことはないのだが、英語に訳そうとなるとなかなか一筋縄ではゆかない。たとえば用例 (5) は ANA ホールディングスの伊東社長が読売新聞とのインタビューで、再生された日航が政府から有利な優遇処置を受けていたことに言及して述べたコメントの一部で、「不当である」という ANA 側から見た不満が見て取れる。 unfair でもいいかと思ったが、少し強すぎるようなので questionable とした。open to question でもいい。用例 (6) の not sound もこれに近い。用例 (7) は、政府の強い規制を破って JAL, ANA 以外の最初の航空会社スカイマークエアラインズを作った澤田秀雄さんのスピーチから取ったものだ。something is wrong... というのもいろいろ応用できる便利な言い方だと思う。
用例 (9) は尖閣諸島が日中の対立の大きな焦点になってきていることに関連して、元外務省高官で国際関係論の教授である東郷和彦氏の日本記者クラブでのスピーチの冒頭の一節である。話し手はさりげなく言っているのだが、このニュアンスはなかなか捕えがたい。”have gone awry” という古い表現を使いたくなったが、少しわかり難いので difficult to handle とした。もちろん difficult だけでもいいと思う。
このように「おかしい」は何でもない表現のようでいて、通訳者を最も悩ませる微妙な言い方の一つだ。コンテキストと話し手の言わんとすることをよく勘案して、適切な英語を考える必要がある。ここで使ったいくつかの例が参考になるだろうと思う。
「おかしい」表現色々
"amusing"
"comical"
"eccentric"
"funny"
"humorous"
"laughable"
"ridiculous"
"alien"
"foreign"
"peculiar"
"strange"
"unfamiliar"
"unusual"
"debatable"
"difficult"
"doubtful"
"dubious"
"in doubt"
"not sound/fair"
"not sound/fair"
"open to question"
"problematic"
"suspicious"
"untrustworthy"
"wrong"
次回の表現
次回の訳せそうで訳せない日本語は、「切り抜ける」です。
さてこの言葉、あなたならどう訳しますか?
※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。
小松達也
サイマル・アカデミー創設者
1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。
