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第29回「がんばる」

今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「がんばる」です。

スポーツの世界大会で、日本中が「がんばれ」と選手に声援を送る姿がお馴染みなように、日本ではよくこの「がんばる」という言葉は使われるようです。

さてこの言葉、あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) 日本の学校教育の特徴のひとつは、「がんばる」の精神だ。

(2) 彼は自分の意見が正しいと主張していつまでもがんばった。

(3) 本当に恥をさらすようだが、皆さんの意向を受けて、もう一度がんばりたい。

(4) 私たちが今度の選挙でがんばって、国民の生活を破壊する安倍政権に対峙していかなければならない。

(5) 蟻もがんばってるんだなあ。俺も明日から始まる期末テストがんばろうっと。

(6) お母さんに苦境を訴えたら、彼女はもう10分がんばれないかと言った。

(7) ヒデキさん、がんばって!

訳例

(1) One of the features of the Japanese school education is its emphasis on persistence.

(2) -a. He persisted in maintaining that he was right.
     -b. He stuck to his guns, claiming to the end he was right.

(3) I'm really embarrassing myself in public, but I would like to try again to respond to the wishes of many of you.

(4) We have to work hard in the coming election to confront the Abe Administration which is destroying the lives of the people.

(5) Ants are working hard. I have to do my best for the term-end test starting tomorrow.

(6) You tell your mother about your predicament, and she asks if you can hang in there for another ten minutes.

(7) Hideki, hang in there!

 

 

「がんばる」は「よろしく」と並んで、まさにわれわれ日本人がもっとも好きで、よく使う表現だ。日本人の精神をもっともよく表わす言葉の一つと言ってもいいだろう。わが国の学校教育を分析したアメリカの専門家による研究書 Japanese Schooling (James J. Shields, Jr. 編) は、アメリカの教育が能力 (ability) を重視するのに対して、日本では「がんばる」ことを重視すると言っている ―― “Persistence is the secret; effort, not IQ, is the Japanese explanation for educational achievement.”「がんばり」こそ、日本人にとって最大の美徳なのだ。

ところで「がんばる」は「頑張る」とも書くが、「頑張る」は当て字であってもともとは「我に張る」だという。こうして語源を見てみると、その語の意味がよりよく分かる。① 我意を張り通す ② どこまでも忍耐して努力する(広辞苑)がその主要な意味だ。「我を張る」、「粘る」というニュアンスと、もう少し意味が広がって「一層、継続的に努力する」、「一生懸命務める」の二つに分けられるだろう。前者は persist (in), persevere, endure, carry onであり、後者はより簡単に work hard, try one's best などでよい。

用例 (1) は上記の Japanese Schooling からとったものだ。persistence はしたがって effort, diligence とも言い換えることができる。用例 (2) も「我を張る」の方だから persist (in) を使った。その idiomatic な表現の一つが stick to one’s gun だ。これは包囲されても大砲(鉄砲)を捨てない、という軍隊(おそらくは海軍)からきた用語だ。

用例 (3) は小沢一郎元民主党代表の記者会見での発言だ。少し古いが政治家小沢氏らしさがよく出ているので残した。英訳ではただ単に try としたがどうだろう。用例 (4) は民主党の新しい代表海江田氏の発言だ。こうしてみてみると、がんばっているだけでは不十分で成果を出さなければだめだ、ということも分かる。用例 (5) は人気の Facebook を見ていて面白いと思った私の大学の学生の投稿だ。自分の体より2倍ほど大きい蜂の死骸を運んでいる蟻の姿をみて、感動した様子だ。

訳例 (6), (7) の hang in (there) は「がんばる」に対応する英語本来の表現として一番ぴったりくるものだろう。(6) は私の好きな作家 Paul Auster の最新作 Winter Journal を読んでいて見つけたのだが、少年のころ母と車に乗っていて一生懸命おしっこをこらえていて「もう駄目だ」といったら、母が「もう10分がんばって!」。(7) は今年の全英オープンゴルフに出場した若手のホープ松山英樹がアメリカのミケルソン選手と同じ組で回ったとき、ミケルソンが「ヒデキさん、がんばって」と日本語で言ったという。「がんばる」はついに国際語になった。hang in there と there を伴うのが普通だ。

「がんばる」表現色々

"to carry on"

"to go for it"

"to hang in (there)"

"to hold on"

"to keep it up"

"to persist in"

"to press on"

"to push on"

"to strive"

"tenacious"

"to try [hard]"

"to try/do one~ best"

"to work hard"

 

次回の表現

次回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「突出する」です。

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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