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第28回「タイミング」

今回の「訳せそうで訳せない日本語」は、「タイミング」です。

元々は英語の言葉が、いつの間にか日本語と同じように使われるようになったものです。さてこの言葉、あなたなら英語でどのように表現しますか?

日本語での使用例

(1) このシンポジウムは非常にいいタイミングで開かれた。

(2) とにかく遅滞なく、タイミングよく意見具申していく方針です。

(3) 一番の問題はやはり日本側におけるタイミングの遅れだと思います。

(4) 一つは景気回復のタイミングのずれもありました。

(5) 経済の先行きが不透明な現状では、消費税を上げるタイミングは難しい。

訳例

(1) This symposium is being held at a very opportune time.

(2) We intend to submit our opinion without delay and in a timely fashion.

(3) The biggest problem was the delay in taking action by the Japanese authorities.

(4) There was a gap in the expected speed of economic recovery.

(5) As the outlook of our economy remains uncertain, it is difficult to choose the right time to raise the consumption tax.

 

「タイミング」はもう完全に日本語化していると言っていいだろう。ほとんどの国語辞典にも出ている。そしてその意味するところもまたほぼ正確に私たちは共有している。もともとは英語 (timing) からきたものであることも自明だが、タイミングと timing の間にはその使い方に微妙な違いが見られる。私が愛用する英英辞典 (Webster's College Dictionary, 2000) を見てみると、1. the selecting of the best time for doing or saying something in order to achieve the desired effect, 2. the ability of a performer, esp. in comedy, to deliver lines, react, cut in, et., at whatever tempo will create the desired effect と出ている。1. は日本語の慣用法とほぼ同じだ。2. のコメディアンのセリフやしぐさについての記述は日本語では「間」に近い。特に 2. は「タイミング」の本来の意味をよく表している。

ところが、「タイミング」をそのまま timing と訳すとどうもしっくりこないことが多い。必ずしも間違いではないが慣用的ではないのだ。日本語の「タイミング」はよく使われるが、英語の timing はその用例がかなり限られている。たとえば用例 (1) を held at good timing とするのは明らかにおかしい。やはり訳例 (1) のように at a very opportune time と具体的に言う必要がある。

用例 (2) は、行政改革委員会の会長をしていた故 飯田庸太郎氏の発言の一部だ。ここでは  timely を使っている。timely は前記 英英辞典では occurring at a suitable time とあるから適切だろう。用例 (3) は日米貿易交渉についてのある財界人のコメントだが、この場合も delay in timing よりは訳例 (3) の delay in taking action の方が具体的で誤解がない。用例 (4) にも日本語と英語の間の使い方のずれが表れている。用例 (5) は最近の消費税引き上げに関するある経済評論家のコメントである。

日本語化した英語の表現はまことに多い。しかし、この「タイミング」の例が示すように日本語ともとの英語の間に微妙な違いがあることがしばしばある。したがってそれらの日本語の表現を英訳するとき、私たち通訳者はそのまま英語にしないで、まずそれぞれのコンテキストでの日本語としての意味を確認し、改めて英語の表現を探すようにしている。英語として適切かどうか自信のないまま訳すよりは、そのほうが安全だからだ。

「タイミング」表現色々

"[an] opportune time"

"the right time"

"speed"

"timely"

"timing"

"without delay"

 

次回の表現

次回の訳せそうで訳せない日本語は、「がんばる」です。

日本人にとって、「がんばる」は美徳で、ここ一番という大切な時には、「がんばれ」と励ましたり、自ら「がんばる」ことを決意したりしますが、この言葉、あなたなら、どう訳しますか?

 

※本記事は、2012年インターネット講座ブログで連載していたものを再構成しています。

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小松達也

サイマル・アカデミー創設者

1960年より日本生産性本部駐米通訳員を経て、1965年まで米国国務省言語課勤務。帰国後、サイマル・インターナショナルの設立に携わり、1987年より社長、1998年から2017年3月まで顧問を務める。わが国の同時通訳者の草分けとして、G8サミット、APEC、日米財界人会議など数多くの国際会議で活躍。2008年から2015年まで国際教養大学専門職大学院教授。
1980年にサイマル・アカデミーを設立、以来30年以上にわたり通訳者養成の第一人者として教鞭をとり続け、後進の育成に力を注いでいる。

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