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訳者メッセージ

守信人さん

『ニューヨークタイムズの数学』について

このほど『ニューヨークタイムズの数学』(ノンフィクション)の一部と『遺伝子組み換えのねじ曲げられた真実』(同)を翻訳する機会をいただき、ことし5月と6月に出版にこぎ着けることができました。数学や遺伝子の話は、会社勤め時代の科学系の仕事でも扱ったことがあり、それなりに慣れているつもりでしたが、本の翻訳となると話は別で、得がたい経験をさせていただきました。


『…数学』の方は、『タイムズ』に掲載された数学関係の記事を集めた本で、素人にもわかりやすい筆致で書かれています。

翻訳のきっかけは、あるオーディションを受けて複数の訳者の一人に選ばれたことでした。担当箇所は序文、イントロダクション、第5章「暗号学と、絶対に破れない暗号の出現」で、邦訳650ページ以上のうちの80ページほど。分量的にはそう多くありませんでしたが、数学にかかわる部分を間違えてはいけないこと(当たり前!)に加え、『タイムズ』独特のちょっと気取った言い回しもあり、分量の割に密度が濃く神経を使いました。出版元の方針で、翻訳に関してチェッカーがつき、訳をチェックしてくれたのも初めての経験でした。指摘される点にもっともな点が多く、意味の解釈、訳文づくりの両面でよい勉強をさせていただきました。

『遺伝子組み換えのねじ曲げられた真実』について

『遺伝子組み換え…』はサイマル・アカデミーと先生のご紹介でお話をいただきました。本の内容は、遺伝子組み換え食品に反対する運動を担ってきた弁護士が、裁判の過程で入手した米国食品医薬品局(FDA)の書類から、FDAが違法に遺伝子組み換え食品を認めたことを突き止めたという主張を軸に、遺伝子組み換え食品の歴史を振り返る論争の書です。著者の立場は偏ってはいますが、それはそれとして、1970年代からの科学界の動き、政府と業界との癒着、流れに逆らった研究者に対する報復のすさまじさなど、極めて興味深い事実が次から次へと展開されていきます。経済や政治とからみあった科学史でもあり、政府、企業、科学界による情報操作の歴史とも読めるかもしれません。
ただ法律論でも科学的説明でも著者の叙述はねちっこく、翻訳しながら辟易させられることもしばしばありました。注を含めると、原書で500ページ余、翻訳で約750ページあり、量に圧倒されて、翻訳の細部に神経が行き届かなかったうらみはありますが、できる限り、専門知識のない方でも楽に読める日本語を目指したつもりです(とても実現できていませんが)。一冊を通して、術語の訳語をどう統一するか、あるいはしないか、という決断では最後まで悩みました。遺伝子組み換え食品の論争に興味のある方にはぜひ、読んでいただきたい本です。

守信人さん

プロフィール

2012年まで38年間、通信社科学部記者として勤務。原発、宇宙開発、IT技術などを担当。日本科学技術ジャーナリスト会議会員。
2013年にサイマル・アカデミーへ入学し、翻訳者養成コース出版翻訳を受講。